ミダス財団の海外事業選考委員として、海外における教育環境整備事業のインパクト評価や戦略策定に携わる吉村和真氏。世界銀行で貧困測定やインパクト評価の専門家として活動してきた経験を活かし、財団の教育事業に新たな視点をもたらしています。今回は、財団との関わりから見えてきた教育支援の意義と今後の展望について話を伺いました。
ミダス財団の独自性が生み出す新たな価値
── ミダス財団との関わりのきっかけを教えてください。
ミダス財団の吉村代表から、日本版ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団を作るという構想を聞いた時から、一緒に手伝ってほしいとお声がけいただいていました。事業収益を財団に投じて社会問題の解決を目指すような企業は国内にほぼないに等しく、またアメリカと比べると国内の財団の規模は全く異る状況ですので驚きました。
一方で、私自身発展途上国の開発分野でキャリアを積んできましたので、この構想に強く賛同しました。当初は世界銀行にてフルタイムで働いていたため、会議への参加や意見を述べる程度の関わりでしたが、約2年前から海外事業の選考委員として、より深く財団に関わるようになりました。
── 世界銀行ではどのような取り組みをされていましたか?
世界銀行では貧困撲滅部に所属し、主に貧困についての統計データの収集・測定に携わっていました。通常、貧困率の算出には大規模な家計調査が必要ですが、アフリカの多くの国では毎年実施することができず、10年に1回程度しか調査できません。内戦状態の国では実施自体が困難なこともあります。
屋根の材質や食べ物についての簡単な質問をして、そこから貧困率を計算するという手法が基本ではありますが、その手法のブラッシュアップとして私が取り組んだのが、機械学習を用いた革新的な貧困測定技術の開発でした。たとえばドローンを飛ばして家の屋根を上から撮影し、住居の材質と収入・貧困の関連を統計的に分析するなどです。裕福な人がトタン屋根に住んでいることは少ないという直感的な理解を回帰分析によって数値化し、写真だけでその家庭の経済状態を推定できることを目指しました。このようなドローンを用いた革新的な手法はまだ開発中ではありますが、今後の実現可能性は高いと考えています。
また、さまざまなプロジェクトの効果を数字で証明する必要がある中では、インパクト評価も重要な業務でした。マラウィでJICAが実施した「SHEPアプローチ」のインパクト評価を実施したこともその一つです。
SHEPは従来の農業開発とは異なり、農民に市場調査の方法を教え、何を作るかは彼ら自身に決めてもらうという画期的な手法でしたが、取り組みによって本当に貧困が削減されたのか、収入が向上したのかを厳密に検証するため、どのようなデータを取ればインパクト評価ができるのかをアドバイスする役割を担っていました。
── 吉村さんのご経験から見て、ミダス財団が手掛ける東南アジア・南アジアでの教育事業にはどのような意義があるとお考えですか。
資本効率を徹底的に追求してプロジェクトを実施するという点で、極めて高い新規性があります。一流ビジネスマンたちが結集してこうした取り組みを行うことは、それだけで大きな意義があると感じています。
また、建設する学校自体にも大きな特色があります。一般的な学校建設と比較しても、ミダス財団が手がける校舎は非常に個性的で、地域で実績があり評価の高い優秀な建築家に依頼するといったこだわりを、驚くほど低コストで実現しているのです。
ミダスグループでは傑出人材を確保することを最も重要な指針としていますが、それを財団でも実践しています。現在、海外事業のオペレーションを担っているベトナム人メンバー2人は本当に有能で、彼らがいるからこそこれほどのスピードと効率で独創的な校舎を建設することができています。
これまで日本では、優秀な人材がフィランソロピー系の分野に進むキャリアパスは多くはありませんでしたが、ミダスの取り組みが広がっていくことで、この財団で働きたいと考える優秀な人材がさらに現れていくのではないかと期待しています。
── 国際機関のプロジェクトとミダス財団のアプローチの違いをどう見ていますか。
国際機関が持つ課題の一つは、プロジェクトを短期間で終了させその後フォローアップする体制がないことです。予算と期間は事前に決まっているので仕方のないことですが、たとえば二年で学校を建設するというゴールが達成されればチームは撤退し、校舎がどう利用されていくかには基本的に関与しません。
一方、ミダス財団は建設した学校を持続的にフォローしていくスタンスである点が強みです。教育という分野は、投資してすぐに効果が現れるものではないからこそ、長期間にわたってモニタリングし、忍耐強く取り組むことで初めて結果が測定できると考えています。
今後はインフラ整備などのハード面に加え、カリキュラム内容やコミュニティ全体の底上げも視野に入れています。また、大人が貧しいと子どもを労働力に組み入れてしてしまうことも多々生じますので、大人へのさまざまな支援も不可欠です。こうした包括的な取り組みができる環境が整っているのは本当に素晴らしいですし、唯一無二に近いことをしようとしていると思います。
教育事業のインパクト評価、見えない価値をどう測るか
── 教育事業のインパクト評価は特に難しいと言われますが、ミダス財団ではどのような指標設計を考えていますか。
重要なのは、教育に関する指標だけでなく、住民が住んでいるコミュニティ全体に関する指標を設定しデータを収集することです。
たとえば、基本的に農業に従事する選択肢が主流のベトナムの山奥で、学校を卒業した子どもたちがよりスマートな農業ができるようになる。完全に自給自足だったのが市場経済を利用した農業に転換し、買い付け業者に頼るのではなく、自分から複数の業者に連絡して最も価格の高いところに売れるようになる、といった変化を見ることが大事です。
また、子どもの教育が親にも影響を与える可能性があります。字が読めない親がいても、子どもが読めるようになれば親に文字を教えることができる。肥料の使い分けができない農家でも、子どもが説明することで適切な農業技術を導入できるようになる。こうした底上げに少しずつ取り組んでいくことが、最終的に村全体の経済レベル向上につながると考えます。
── インパクト評価に向けたデータ収集のポイントをお聞かせください。
後になってから測定しようとしても、ミダス財団の介入による効果なのか、ベトナム全体の発展による効果なのかが分からなくなるため、今の段階から継続的にデータを取ることが極めて重要です。
インパクト評価において統計上のノイズを最小化するために、介入している地域と介入していない類似地域で同じ調査を行い、比較検証していく必要もあります。今作成している調査票には、一見教育と関係なさそうな質問も多く含まれていますが、これまでの経験から、そういった領域にこそはじめの変化が現れると考えています。
モデルケースから始まる社会変革
── 学校建設以外に必要な取り組みについてどうお考えですか。
非常に貧しい家庭では、子どもは重要な労働力とされるため、どんなにきれいな学校があっても行かせたがらないケースがあります。そのため、地域での昼食提供や周辺インフラの整備が必要になります。
また、ソフト面での支援ではミダス財団の大きな強みが発揮されると考えます。メンバーの多くがビジネスマンであるため、支援対象地域でのコンサルティング的なアドバイスを提供できる。「米だけではなく他の換金作物を試してみてはどうか」「年一度の作付けを二度にできないか」といった提案が、大きな経済効果をもたらす可能性があります。
コミュニティが支援に慣れてしまうリスクを回避するためにも、このようなソフト面での支援は大きな意味を持ちます。橋や井戸は波及しませんが、知識や技術は確実に周辺地域にも広がっていくでしょう。
── 今後ミダス財団が目指すべき方向性についてはどのようにお考えですか。
建設する学校数を増やすことも重要ですが、一つの地域を深く育てることも同様です。ミダス財団がすべての途上国に学校を建設することは不可能ですが、反復可能なモデルケースを作ることで、他の機関や財団が同様の取り組みを行うきっかけになります。
そのため、財団として資本効率を追求しつつ、まずはモデル校を立ち上げ、周辺のインフラ整備やコミュニティづくりまで包括的にサポートすることで、卒業生が市場経済に参画し、地域全体の貧困削減につながるサイクルを生み出す。そういったサクセスストーリーを積極的に示していくことが大事だと考えます。
── 2050年までに1億人にポジティブな人生選択を提供するという目標達成に向けて、どのような取り組みが必要でしょうか。
途上国の問題は非常に複合的で、単一の解決策ですべてが解決されることはありません。ミダス財団の最大の強みは、グループ内に多種多様な分野の専門家がいること。金融、教育、健康分野など、優秀な人材がミダスにジョインしています。財団専任のメンバーだけでなく、グループ全体の人材プールを活用することで、複合的な途上国の問題に対して多様な専門知識で取り組むことができます。こういった私たちの強みを活かし、当初吉村代表が描いていた構想を実現していきたいです。